エゴとは何か

  • 2018.08.23 Thursday
  • 21:52
カテゴリー「宇宙と生命エネルギー」第十七話
   
 文明的な生活をする以前の人類の歴史には、何十万年という石器時代の狩猟、採取による原始的な生活をしていた時代がありました。過酷な大自然の中で生存していくには苦労の連続で、氷河期や地殻変動などの気候や環境の変化もあり、大変に困難な時代を人類は乗り越えてきました。人間も動物である以上、本能的な知恵と、ずば抜けた身体生命力を駆使して、食料や生活の拠点等を確保しながら種族の生存を必死に守リ抜いて来たのです。
 そして、人類は今からおよそ、わずか数千年前にやっと文化的な生活様式を始めたばかりです。先史時代のように、過酷な自然環境の中で、本能から身体能力を駆使して生存していた時代にはほとんど問題のなかった厄介なことが、特に現代の文明社会で生きる私たちの精神に、大きな障壁として存在しているのです。
 それは、私たちが他者に認められるため、自分の精神的な意味での価値を必死に追い求めなくてはならない、という観念や条件付けなのです。こうした精神的な意味において死活に関わる観念や条件付けを、エゴという言葉で表現したいと思います。
 第3の身体、アストラル体についてのお話で触れましたが、現代の教育から育ち、この実社会のしくみの中で生活している私たちは、人に認められ、優れた者にならなければ生きて行けないという強迫観念のような思い込みを無意識に持ってしまっているのです。小さなことや大きなことを問わず、この観念が競争心や野心を呼び起こし、常に勝ち負けや損得を考えた目的や願望を抱いてしまうことになるのです。そして互いに認め合って協力し合うのではなく、戦って争うという熾烈なエゴゲームを演じることになります。
 野心や競争心というものは、小さなことでも呼び起こされます。ライバルに勝つこと、誰かよりも一歩でも二歩でも先に行く事、人の幸せや成功を妬むことなどです。そうした無意識の姿勢が私たちの本来の自己のハートの確立を妨げており、自分自身そのもので満たされることを失い、他者の発展や自由を認めることができずに、互いに創造的な人生を奪い合ってしまうことになるのです。さらに、こうした個人のエゴが集団化して組織と組織の対立が起き、より巨大化することで国家間の競争、利権の奪い合い、そして戦争が起きていくのです。---第十八話につづく
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