自分自身にくつろぐ

  • 2018.08.29 Wednesday
  • 21:40
カテゴリー「宇宙と生命エネルギー」第十九話
   
 生命気鍛練の呼吸法により、第4の身体、メンタル体の生命エネルギーが高まっていくと、肉体の健康と、精神の浄化や瞑想性も深まり、自己のハートが宇宙の愛と繋がるようになるのです。他人や自己以外のフィールドに依存して自身を満たそうとしたり、他人の人生の創造性や自由を互いに奪い合ったりするなどの必要はなく、本来の自分らしさが根底に築かれて充実します。
 人は他者と比べて、自分を惨めに思う必要もなく、ただ自分自身であることを尊重すれば良いのです。そうした勇気が芽生えてくると、同時にそこに安らぎを感じられるようになり、人に認められようと苦しむこともなく、独自の道を堂々と歩むことができるようになるのです。何者とも戦う必要もなく、本当の意味で自分自身にくつろぐことでの幸せを感じられるようになるでしょう。そして、自分だけでなく、多くの人々のハートにも、勇気と自立のためのエネルギーを触発できる存在となることもできるでしょう。
 また、メンタル体は本来、直感力や創造性などの能力を発揮しますので、生命エネルギーが増大していくことで、人は、芸術家のように豊かな感性から、末永く楽しい人生を創造的に過ごしていくことが可能となるのです。
 この身体の活性と目覚めは、肉体と精神を一致させて、さらに、人が高度に霊的に進化したことの証が示されることになります。それは、次の第5の身体、スピリチュアル体の目覚めがもたらす、仏教でいわれる、私たち人間が本来持つ、仏性からの恩恵なのです。---第二十話につづく

次元上昇・カルマの解放

  • 2018.08.28 Tuesday
  • 11:26
カテゴリー「宇宙と生命エネルギー」第十八話
  
 よく考えてみると、それはとても奇妙なことです。社会では、あらゆる人々が勉強であれ、仕事であれ、スポーツにおいても、すべて競争をさせられるような教育システムがあり、他の誰かよりも優位に立つために戦わざるを得なくなっています。そこには、人生が戦いでありながらも、人々に、つまり敵に認められるために必死になるという滑稽な矛盾を孕んでいます。
 あなたを認めてくれる人たちは、あなたに敗れ去った敵たちなのです。果たして私たち個人の素晴しさは、それで本当に人々に認めてもらい、愛されていることになるのでしょうか。強いものには従い、弱い者は冷たく蹴落とし、その中間ではバランスを取ったり、体裁を整えたりして、上手に生きていかなければなりません。時には偽善を行いながら、人生は大変だけどお互いに頑張りましょう、などと握手を交わします。人々はこの世に生まれ、なぜ人生をかけてまで他者との競争をしなければならないのでしょうか。
 実は、他者に認められなければ生きていけないという衝動も、本当は、大きな愛が欲しいことからの無意識の要求なのです。私たちは皆、愛に飢えているといってもよいでしょう。ところがこの大きな愛とは、どんなに多くの人々から称賛を得ても、満足できるものではないのです。この大きな愛とは、宇宙とひとつになりたいという根本的な要求なのです。
 人類が、第4の身体、メンタル体をより活性して目覚め始めると、このような人に認められるためや、人に勝つための目的や願望を持って戦い争うという姿勢をやめることになり、本来は誰もが宇宙と繋がる大いなる愛とともに満たされていくのです。そして、互いに慈しみの精神が芽生えて、やがて世界から苦しみはなくなるでしょう。
 私たちには、固有の様々な観念基準からの、己が正しく他者が間違っているという物差し捨て、宇宙的な真理、真実を探求し、その次元に上昇し、すべての悪しきカルマを脱していくことが本来的に可能なのです。アメリカ人であることや、ロシア人であること、日本人であることなど、そうした国々の違い、宗教や思想の違いがバランスを取り合ってうまくやり過ごすのではなく、互いに生身の人間であることや、地球という本来は国境の無いひとつの大地に生きていること、互いの真心から物事を観るハートの感性が根付くことで、競争や戦争もなくしていくことができるのです。人類はいつか、協力し合うことが如何に大切かということに真に目覚め、世界がひとつになる時代もきっと来るでしょう。---第十九話につづく

エゴとは何か

  • 2018.08.23 Thursday
  • 21:52
カテゴリー「宇宙と生命エネルギー」第十七話
   
 文明的な生活をする以前の人類の歴史には、何十万年という石器時代の狩猟、採取による原始的な生活をしていた時代がありました。過酷な大自然の中で生存していくには苦労の連続で、氷河期や地殻変動などの気候や環境の変化もあり、大変に困難な時代を人類は乗り越えてきました。人間も動物である以上、本能的な知恵と、ずば抜けた身体生命力を駆使して、食料や生活の拠点等を確保しながら種族の生存を必死に守リ抜いて来たのです。
 そして、人類は今からおよそ、わずか数千年前にやっと文化的な生活様式を始めたばかりです。先史時代のように、過酷な自然環境の中で、本能から身体能力を駆使して生存していた時代にはほとんど問題のなかった厄介なことが、特に現代の文明社会で生きる私たちの精神に、大きな障壁として存在しているのです。
 それは、私たちが他者に認められるため、自分の精神的な意味での価値を必死に追い求めなくてはならない、という観念や条件付けなのです。こうした精神的な意味において死活に関わる観念や条件付けを、エゴという言葉で表現したいと思います。
 第3の身体、アストラル体についてのお話で触れましたが、現代の教育から育ち、この実社会のしくみの中で生活している私たちは、人に認められ、優れた者にならなければ生きて行けないという強迫観念のような思い込みを無意識に持ってしまっているのです。小さなことや大きなことを問わず、この観念が競争心や野心を呼び起こし、常に勝ち負けや損得を考えた目的や願望を抱いてしまうことになるのです。そして互いに認め合って協力し合うのではなく、戦って争うという熾烈なエゴゲームを演じることになります。
 野心や競争心というものは、小さなことでも呼び起こされます。ライバルに勝つこと、誰かよりも一歩でも二歩でも先に行く事、人の幸せや成功を妬むことなどです。そうした無意識の姿勢が私たちの本来の自己のハートの確立を妨げており、自分自身そのもので満たされることを失い、他者の発展や自由を認めることができずに、互いに創造的な人生を奪い合ってしまうことになるのです。さらに、こうした個人のエゴが集団化して組織と組織の対立が起き、より巨大化することで国家間の競争、利権の奪い合い、そして戦争が起きていくのです。---第十八話につづく

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